純獻皇貴妃嚴氏 순헌황귀비 엄씨

純獻皇貴妃嚴氏 순헌황귀비 엄씨 [寧越] 1854-1911【父】嚴眞三【母】密陽朴氏【配偶者】高宗/翼成君/李㷩〈④懿愍太子/英親王/李垠〉高宗の後宮。宮女として入宮し、高宗の至密を経て明成王后閔氏の侍衛尚宮を務めた。高宗の承恩を受けたことが発覚すると、明成王后によって宮殿を追放された。乙未事変で明成王后が殺害されると、再び入宮し、高宗の寵愛を受けた。ロシア公使館で共に生活し、息子である李垠を生むと貴人に封じられた。その後、淳嬪、淳妃を経て皇貴妃に冊封された。純宗に後嗣がなかったため、息子である李垠を純宗の後嗣にした。韓国併合条約で日本の統治が始まると、貴妃と呼ばれた。57歳で死去。死後、純宗によって純獻貴妃に追封された。

たいしょーの朝鮮王朝史

朝鮮王朝518年の歴史をここに。

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