宣懿王后 魚氏

★王后(景宗第2夫人)

    宣懿王后魚氏(ソヌィ ワンフ オ氏)
    本貫:咸従魚氏
☆生没年
    1705年〜1730年
☆在位期間
    1720年〜1724年
☆宗室
【父】
魚有亀(オ ユクィ)
【母】
完陽府夫人全州李氏(ワンヤンブ プイン チョンジュ イ氏)
【夫】
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    宣懿王后魚氏は領敦寧府事、魚有亀の娘で、1718年に世子嬪に封じられ、1720年に景宗が即位すると王后に冊封されました。
    魚氏は万事に慎重で、温和な性格と品格の持ち主だったといわれています。景宗が病弱だったため、子は生まれませんでした。
    英祖が即位すると大妃となり、1730年に25歳で死去。墓は懿陵。

懿陵

たいしょーの朝鮮王朝史

朝鮮王朝518年の歴史をここに。

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